昭和49年10月13日 朝の御理解
御理解 第28節
「病人や代々難儀の続く人が紙のおかげを受けるのは、井戸がえをするに、八、九分かえて退屈してやめれば、掃除はできぬ、それでやはり水は濁っておるようなもので、信心も途中でやめれば病気災難の根は切れぬ。井戸は清水になるまで、病気災難は根の切れるまで、一心にまめで繁盛するよう元気な心で信心せよ。」
教祖金光大神様の御信心のご生活から、御自分の御体験からこれは生れた御理解だと思います。もう限りない純粋なすなおな、それで辛抱強い美しい心の持ち主でおありになった。その教祖様の所で、次々と難儀な事が続く。それこそあの人は神様の様な人じゃ仏様の様な人じゃと言う様な、ならお方であったけれども次々と難儀な事が起こって来る。七墓を築く程し、言うならば人間の最も難儀と思われるその難儀に。
次々と出会われるけれども、その出会われておる中に、手厚く信心をなさったおかげを、これ程信心するのに、どうしてこんな難儀な事が起こるだろうかという考え方ではなくて。これは何処までも、自分の信心が足りぬからと、一心に、本当の事、本当の神様のお心を分からせてもらおう。又はそれに対しておいでられる。言うならば姿勢でおありになったと。言うならば一切を喜びでお受けになったと。
そういう物事と難儀の受け方の、その姿勢と言う物がです。教祖金光大神の一番素晴らしい所であった。そこに天地金乃神様の願いというか、をなさる様になりその願いを又、純粋な心で受けて立たれる事になって金光教の信心が始まった。いうならばです。教祖金光大神様の御生涯の中に、もう愈々益々繁盛して限りなく繁盛して行く働きというか、そういう言うなら土台がです。言わばどの様な難儀な場合であっても、病気災難は根の切れるまでと言うおかげを頂かれて、こんこんと尽きる事のないおかげの頂ける。
言うならば完璧な井戸さらいが、お出来になられた所がです。教祖様の運命が大きく変わってきた。そのもう限りなく開かれて行く、教祖様の言うならば運命と言うそれに、天地金乃神様が便乗なさった。金光大神という言うならば素晴らしい人間、川手文治郎という方の、こういう生き方で行きゃ、もう限りなく開かれる。限りなくおかげの受けていけれる土台と言う物を作られた。
言うならば様々な難儀が、次々と続いて人の真似出来ない程しの信心をなさり、人の到底及ばない様な素直さ。美しさをもって神様に向うておいでらる。それでも矢張り次々と難儀な事が起こってきた。けれどもそれを受けられる教祖の姿勢と言う物が、言うならば、教祖の運命を変えてしまった。その限りないおかげの頂けれる程しの運命を、教祖様が身に付けられた所に、天地の親神様が、その教祖金光大神の言うなら、船なら船に天地金乃神様が、同乗なさった。
この氏子の生き方は、限りなくおかげの頂けれる。開けて行けれる。所謂親の代より子の代、子の代より孫の代と言う、開ける程しの運命の基と言う物を開かれた。それは教祖の神様の、限りない純粋なお心から生れた、新たな言うならば運命の展開と言う事になりました。それに天地金乃神様が便乗なさった。金光大神より他に頼む者はなしと。神も又助けてくれというて、金光大神に縋られる様になった。
そして世の中にです。此の様な実意丁寧の信心をする者は、もう他にいない。お前がどうか世の中の難儀な氏子の取次助ける働きを、取次助けてやってくれという、神様の願いと言う物が、立教神伝にそれを見る事が出来る。だからこの御理解28節と言うのは、御自分が体験された事を、そのままこう云う言葉で表現しておられます。どういう病気災難が、例えば続いてもそれは井戸がえする時に、本当に良い水を頂く為には、井戸さらいをせねばいけない。
汚いものが上がって来る。これ程信心するのにまだ濁っておる。これ程信心するのにまだこういう汚いものが上がって来る。けども其処ん所を八分九分で止めては、残念だというのです。愈々清水になると云う所までおかげを頂いて、こんこんと尽きぬおかげの頂けれる所に、初めて運命のお互いの、この運命の展開があるわけです。丁度先月の二十五日の婦人の信心研修会があっとりますさなかに、日田の綾部さんのお導きで近所の方で、この方は信心など言う方じゃなかったんですけれども。
話を聞られて、綾部さんがお迎えに行かれた。迎えと言うよりも、お導きに行かれた。所謂示現活動です。お孫さんが二階から下のたたきまで落ちられて、この頭蓋骨がもうぐちゃぐちゃになって、日田の病院では、どうにも出来ないから久留米まで連れて行った。これが即死しなかったと言う事が、不思議という程しの大怪我であった。まあだ一年八か月。それから四、五日たって高熱が続くから、病院の方でもこれはね、例えばこのままもし万一良くなった所でです。
この熱が続く限りは脳膜炎を起こして、言うならば一人前の人間にはなれないと言われた。丁度その五日前位だったでしょうか。それを聞かれて綾部さんその家に行かれてお願いに見えました。それがちょうど先月二十五日でした。それから何回かお参りして、もうそれこそ、もうこういう事になる事は、とにかく前々から、何日か前から感じておった。やっぱり人間のいろんな時には、天地の親神様。大自然はねいろんな形方法をもって、教えられるものですよね。
丁度その幾日か前にですね。ナショナル電気ですかね、松下幸之助さん。その方からね、間違えて弔電が来た。それがその所謂違えて来たんだそうです。そして見たら松下幸之助さんから、あのう電報が来た。それは大変有名な偉い方から受ける事は有難いけれども、それが弔電だと。そこでそれが気になって気になってたまらんから、息子さん達には、とにかく用心してくれ。用心してくれと言うとったけれども、孫の上には気が付かなかった。自分がずっと守りをしながら、そういう不調法をした。
だからこう云う事になろうと、言うならば前知らせを受けとった。もうだから死ぬものと覚悟して、もう此処にお参りして来ても泣きの涙であった。「もう本当に、私の不注意から、こういう事になって」と言うて嘆かれるばかりだった。一番初めにお参りになった時に、その事をお取次さしてもらったら、ちょうどあの水田ですね。田んぼが干ばつの時なんかに、地が割れてしまいますね。そして稲田がこう」真っ赤に枯れ上ってしまうところを頂いた。ああこれはもう駄目だなと。
干割れてしまっとる。土地はそれでもなお、お願いさして頂いとりましたら、上の方から水がすうっと流れて行く所を頂きました。ああこの水が掛かれば、まだ生き上る事が出来るなと、私は思うた。だからその事を伝えさせて頂いて「この水がその田んぼに流れ込んで、おかげを頂けば助かる。だから其処ん所を一つお願いをして力を落さんな、一生懸命お願いして行きなさらにゃ」と言うてお話をしとりました。それでもやっぱり、熱はそのずっと高熱が続いた。それから昨日です。
昨日もあのう美登里会の方達の研修しとります時に、綾部さんと二人でお礼に出て見えてから、それこそ御本部から綾部さん帰って来られた所が、そこのお祖父さんが見えられてから、「綾部さん、私の家には奇跡が起こった」と言うてやって来られた。話を聞いてみるとね、おかげを頂いてその病人があのー、おかげを頂いてね食事も頂く様になるだけでなくて、お父さんやらお母さんが、はっきり分かる様になった。これなら言うなら、頭にだからどげん考えても、奇跡奇跡の連発だそうです。
お医者さんは、「こういうとを、奇跡と言うのだろう」と言われる。だから今ではもう退院を待つばかりと言う訳なんです。言うならばお恵みの水が、その干割れきった乾ききった田んぼに流れ込んだおかげを受けられたわけです。そこで言うならば、その稲田が少し青々として来た。このままならば言うならばおかげさえ頂けば、秋の実りは間違いないと言う様に、おかげを頂いて来た。
まあそれでも昨日、そのお取次さして頂いて、そのお祖母さんの言われる事を聞いてから、もう本当にがっかりするばってん、分からん者ちゃ仕方がない。本当にこう言う難儀な事を通して、信心をおかげを頂くじゃなくて、信心を頂かなければいけないなと思うた事は、こういう大変な不思議なおかげを頂いてですから、お礼には今度その孫が帰って来たならですよ。退院して帰って来たなら、孫を連れてお礼参りは致しますからというのが、昨日のお礼参りでした。
だからもうお礼参りをしたり、又おかげ頂いた本人がお礼参りしたら、もうそれでおしまいになる様な感じですね。というてそげな事いうてからと。お恵みの水がピシャッと止まったらどげんなるの。もうそこからでちゃ秋の実りという事は頂かれんなりに、又枯れるばいと言う様な物があるんですが、そう云う事は脅迫のようになりましょう。だから、其処ん所はどうか分かって貰いたい。
例えて言うならば、そういう難儀の中に神様を知り、神様が分かったんです。しかも自然はもうそれこそ、弔電が来る程しの運命の元にあったのだけれども、おかげを頂いて、ここから信心さして頂けば、新たな運命も展開して来るだろう。その稲田も段々育つだろう。そして秋の収穫を得る事も出来るだろうと云う所まで行っているけれども、なら信心がなからなければです。本当に奇跡のおかげ頂いた。だから今度孫が退院して帰って来たならば、当然連れてまいります。
それが言うならば、お礼参りでもうそれで済んだような、言うなら言い方。本当にこれを境に、私一家がお助けを頂かんならん。これからも又、信心も手厚くさせて頂くおかげを頂きたいと言う風に出てくれば有難いけれども、今度退院した孫を連れて参って来たら、もうそれでお礼参りが済む。それはもう必ずお礼参りには参りますからというだけの事。それはどうか育たねばなりません。
又本当に分かって貰わねばなりませんけれども、脅迫をする様なね、例えばお参りせんごとなったら又枯れますよ。水が流れて行かなかったら、又途中で田枯れしてしまいますよと言う様な風に、実際にそうなんですよ。だからお互いの場合でも、ようと其処ん所をねおかげを受けた。有難かった。お礼参りをしたらそれで済んだと言う様な信心では、今日の教祖様の運命の新たな展開には、なって来ないのです。ああいうおかげを頂いたのを切っ掛けにです。それからおかげを頂いた。それから次には信心を頂いた。
信心が分かって行く内に、やっぱり信心をしておっても、様々な事はあるけれども、今こそ井戸ざらえをさして頂いておるんだと言う様な頂き方をもってです。本気で井戸さらいが出来た所から、こんこんとして湧いて来る所のおかげ。こんこんとして湧いて来る様な無尽蔵の限りないおかげに繋がる信心。そこまでをです所謂病気災難の根は切れるまでと言う事。まめで繁盛する様元気な心で信心せよという。そこから元気な心が求められるわけであります。
信心しとってもやっぱり途中で止めようごたる時がありますよ。スランプの状態の時が、必ず出て来ますよ。けどもそこを乗り切り乗り切りして行く所に、本当の信心が身に付いて来るのです。しかもそれはです。もう限りないおかげ。私共があの世行きとしてからも、頂き続けて行く事の出来る程しのおかげ。しかも又、子供にも孫にも、子々孫々伝えおく事の出来る程しの、素晴らしい物なのですから。
そこで今日は私はこの御理解から頂いて頂きたいと言う事は、教祖の御信心ぶりという事なのです。それはこの二十八節は教祖様の御信心の体験から生れて、御自身がそういうおかげを受けられたから、今日のおかげになっとるだけでなくてそういうおかげが受けられた時点からです。天地の親神様が教祖金光大神の信心に御人柄に、言うならば神様の方が願っておられるのであり、神様が教祖金光大神の持っておられる、例えば船なら船に便乗しとられる。そして難儀な神を助けてくれという神様の絶叫の様な物ですね。
人間教祖金光大神に、天地金乃神を助けてくれ。お前の様に素晴らしい運命の展開を、遂げたもんでなからねば、とても出来る事ではない。言うならば世間になんぼうも難儀な氏子あり。その難儀な氏子を取次助けてやってくれないかという神依頼。それが立教神伝ですね。私は今朝方からお夢を頂いた。それが大きな船ですけれども、それが非常に揺れている。私が一人それに乗っているわけです。そしたらね神様が、その船に乗って下さったと云うお夢を頂いたです。
それで今日は私はこの御理解二十八節を、只今皆様に聞いて頂いた様な風に聞いて頂いたんです。教祖金光大神の場合も、こうであったと言う事。言うならばもう純粋一途というか、素直というか、とにかくどの様な事があっても、不平も言わなきゃ、不足一切喜びで受けて受けて受け抜かれて、完璧な言うならば井戸ざらえも出来られた。こんこんと尽きぬおかげが受けられる様になった。そのおかげをです。難儀な氏子にも取次助けてやってくれないかという、神頼みがあった様にです。
私共が段々おかげを頂いて、言うならばここで、人が助かる様になって言わば二十五年間。その二十五年間の間にですね、言うなら溜めに溜められた一つの光の様な物がです。蓋を取るという風に、この頃表現さしてもらいますがです。その溜った光にです。神様が便乗して見えたのが、今の合楽示現活動の元なのです。だからどうでも、是は大坪総一郎の信心にです。神様が掛かんなさらなぁ、かかって来なさらなければ出来ない事になって来たんです。
だから神様は私が世話してあげると言う様なわけですけれども、そんな事じゃない。今までおかげを受けて来たのですから、言うならば神様の、そういう神頼みを私が受けて現わすという。それが今言われておる所の合楽示現活動に参画すると言う事なのです。だから神様が、いうなら私の信心にかかって来て下さるのだからですね、私も神恩報謝の心をもって、此れ程しのおかげを頂いておる、そのおかげを何とかして現わさなければおられないという心の状態に、神様がかかって下さる。
かかってきて下さる、神様との、言うなら、運命共同体という姿形をもって、合楽示現活動という事が、具体的になって行かなければならない。だから、その神様の働き場と言う物が、合楽に出来た。そこに神様は、かかわって来て下さって、こう言う一つの、これが大きな、いわゆる光輪の世界。光の輪と言う物が、ここから広がって行くところの、おかげを頂く為にはです。
矢張り、神様のおかげと言わなければおられない、不思議な事じゃあると言う様な奇跡でも、次々と生れて来なければ、人間がそれこそ、神様も仏様もあるか無いか分からない人間が、殆どなのですから、その奇跡を見た時に、ああ神様の働きと言わねばおれないという、そのおかげを現わしながら、所謂示現活動が、いよいよ本格的になって来るんだという事を思うのです。
今日私がお夢に頂いた、私の乗っておるその船がです。まだ揺れておる。だから言うならば、そのここにお参りして来る皆さんでもです。まだ少しの不安はある。あげん揺れよるが、大丈夫じゃろうかという不安はある。それは私の信心がまだ完璧でない証拠ですけれども、その揺れておる船に、神様が同乗して下さっておるという事です。だからお互いがです。言うならば船諸共という気にならして頂く程しの信心が出来る所から、本当の信心と本当のおかげが受けられるのです。
北野の関さんじゃないですけれども、親先生任せという事は、本当に船諸共という気になる事だと分からせて頂くと、もう不平不足も、言わんで済む様になったという。もう、惟程お任せし切ってあるのですから、もう今度船諸共親先生の船に乗らせて頂いているその船に乗らせて頂いて、そしてそれが沈没するなら沈没してもよい。船諸共という気になった所から、大盤石の心を頂かれる。安心のおかげが頂かれる。その安心の心におかげが限りなく頂けて来るのです。
御理解今日二十八節頂いて、これをそのまま教祖金光大神の信心の御体験が、こういう御教えになっておるという事を、改めて又気付かせて頂いた。今朝から私が頂いたお夢のお知らせと、合わせて考えさして頂く時にです。私の信心が出来上ってしまったわけではないですけれども、二十五年間の言うならば、信心辛抱の実が実って、その実ったものを、人にも与えられるほどのおかげになって来たという事の、そこにはもう言うならば、神様がその船に同乗して下さるというか。
むしろ神様がその船に乗せてくれと言う様なものを感じるのです。それと最近他力と言う様な信心で説いとります。今までは私が、言うなら信心によってです。信者が修行が出来んなら私が変って修行さして貰うからおかげをやって下さいという生き方であったものが、神様が一緒に先に立って下さってあるのであるから、私の信心なんかひざっときゃいい。ただお取次さして頂いときゃいい。そこに言うなら、日々奇跡を感じるおかげを目の当たりに見せて頂く程しの言うなら神様、他力本願の信心がです。
合楽に展開されて来た。もうこの船は私の船であると同時に神様の船。神様の船であると同時に私の船。まあそれは、多少は揺れてはおるけれども、やっぱり心定めなければ、その船には乗れないけれども、皆さんがそこの所を、船諸共と云う気になって、この船に同乗されるならばです。いよいよ皆さんの、運命の展開という事が願われておる。そういう願いが成就して来る事になるのです。
そこで例えば、どの様な場合であっても「病気災難は根の切れるまで」という信心。「井戸は清水になるまで。それこそ一心に、まめで繁盛するよう元気な心で信心せよ」信心には、この愈々生き生きとした元気な心が、どうでも必要なのです。それは本当に不思議な不思議な事ですよ。神様の働き。言うならばこの合楽、現在の示現活動という事が、私共が一生懸命になればなる程、神様も一生懸命になって、その活動に私共参画しておるですから、その働きを愈々現わして下さるです。
今度御本部参拝のちょうど、三代金光様の奥城に、御参拝のおかげ頂こうと思うて、その前まで来た時、後ろから私を追って来る様にして見えた女の方がありました。どうか見たごたると思いよりましたら、実は奥城で御祈念をなさっておる時に、あぁあっちが合楽の先生だなあと思うて、そしたら祭場さえ行かれたら、祭場さえも行って、まあ縦横からながめて間違いない。あの人が大坪先生だという事を確かめたから、私の後を追って見えたわけなんです。
それが私が七年前に検定試験を受ける時に、三日間あちらにおりました。高橋さん。それから繁雄さん一緒に行って下さった。繁雄さんも見たごたるお方と言うて、そん時会うとったわけです。御主人の教会長先生が亡くなられたから、後が継ぎてがないので、検定試験を受けて、その教会を開いて行かなければならない。継いで行かなければならないと言うので、一緒に検定試験を受けられた方でした。
その後あのう教報に毎月、本部から出て来るのに、私の事が載っておる。ここから出ておる御本の事やらまで載っておる。「ああ私が一緒に試験を受けたあの人が、合楽の大坪先生じゃった。もうあの時にどうして一緒に、お話を三日間勉強しとるのですからね。お話を聞いていなかった事が残念と思うて、日頃思うておりましたら、たまたま今日先生にお会いさして頂いて」と言うて見えられました。
「それで、先生の書かれた物何でも良いですから頂きたい」もうここでお話を、何時でも頂きたい様な風でしたけど、「信者がこうして待っておりますから」と言うて、手帳を出しましたら、自分の所を書かれました。倉敷教会でした。倉敷の西阿知町。だから倉敷の市外の町らしいんです。の様な感じです。それで私はそこに西岡先生に、おかげの泉を送る様に言うてありました。そこへ丁度、善導寺の久保山さんがお届けに見えられましたから、今度五十年ぶりに友達に会われる。倉敷に住んでおられる。
それで倉敷から、わざわざ金光の駅前まで見えておられた。そこで五十年ぶりに面会されて様々お話をしたり、聞かしてもろうたり、そしてとにかくあなたも一緒にお参りしなさいと言うて、御本部の広前に連れて行って、下の信者控室で三時間も色々話してる内にです。様々な所を通ってそれこそ金やら、物には不自由はないのだけれども、心の助かりと言う事が出来ていない。
どうでも遠くでもない所だから金光様にお参りさせてもろうて、あんたも助かって下さいと言う様な事で別れた。だからその方に、おかげの泉を送りたいと言うのです。どこですかと言うたら、倉敷と言う。あら倉敷ちゃ私もこげなふうで、こげんじゃったがと言うて、話した。そして倉敷市西阿知町と言う。ああ私の友達もやっぱりその西阿知町と言うんですよ。番地を見たら恐らく町内じゃなかろうかと云う程近い所におられるわけなんですよね。日本中だけでも、これほど沢山な人間がおる中にですよ。
これを助け様という、二人の者を助ける。この教会も助けよう。この氏子も助けようという働きがです。ただ御本部参拝のわずかな間に、神様のお取り計らいと言う物がね、もう本当にそれは思えば思う程、神様の妙なる働きにもう恐れ入ってしまうです。しかも倉敷で、同じ町内に住んでおる。だから此処からも手紙を出した。久保山さんも手紙を出された。恐らくは教会に行かれる事であろう。
こう云う不思議な事で、教会とその人の間が結ばれる。これから愈々助かって行けれる道が開けて来るだろうという気が致します。今日御神前に、何かしずくの様な物がポタポタ落ちよるのです。そのしずくが日本の地図の上に一杯。そのしずくだけで日本の地図が出来た所を、御心眼に頂きました。露といえば、神様のお恵みという事でしょう。露の恵みとこう申しますから、その恵みで、日本全体がです。
恵みに潤うと言う事でしょう。これが日本全体が助かる。その手立てができたら、これが次の言うなら国々というか、世界中にこの恵みの水玉が広がって行く様なおかげになる事を、神の願いとしておられるのだと云う風に、私は感じとりました。そして今日の御理解です。それには先ず、私共がその本当のおかげをおかげと分かり、おかげを頂くと同時に信心を頂き、その信心を元にして、私共が愈々です。新たな運命の展開を願わして漏ろうて、本当にこういう極楽があるんだろうか。
こういうおかげがあるんだろうかというおかげの世界に住んで、そのおかげの世界をです。これを人に又、伝えていかなければおられないという働きが、示現活動なのですから、愈々その示現活動に参画つしてもらえれる資格をね、お互いが願わなければならない。その為におかげを下さい。で私が頂きたいという願いなら、神様も又聞いて下さる。信心のない人にでも。
そういう言うなら、ない命を助けて下さるほどしの奇跡が生れておるので御座いますから、そういう奇跡だけではどうにも仕方がないですけれども、同時に信心を頂いて、言うなら、信心の実力を愈々身に付けて、人が助かる。同時に神様も助かって下さる。合楽の世界。そういう世界がです。示現されて行くおかげにならなければならない。そういう御用に、お使い回しを頂かなければならんと思うので御座います。
どうぞ。